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和歌山地方裁判所 昭和32年(行)6号 判決

原告 有限会社紀伊木工所

被告 和歌山県地方労働委員会

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告代表者は「被告が和労委昭和三二年不第三号不当労働行為救済申立事件について、昭和三二年一一月二一日付でなした命令を取消す。」との判決を求め、その請求の原因として次のように述べた。

「一、被告は原告に対し、審査申立人有限会社紀伊木工所労働組合審査被申立人原告間の不当労働行為救済申立事件(和労委昭和三二年不第三号)につき、昭和三二年一一月二一日付で「一、被申立人有限会社紀伊木工所は、申立人紀伊木工所労働組合の組合員松本静子に対してなしたる昭和三二年二月二八日付解雇の意思表示を取消し、右松本静子を右同日における原給、原職場(第二工場機械場)へ復帰せしめる。一、被申立人有限会社紀伊木工所は前記松本静子に対して昭和三二年二月二八日から同年五月一六日までに右同人が受くべかりし賃金相当額を即時支払わなければならない。」との命令(以下本件命令という。)をした。

二、しかし、本件命令は左記の理由により違法である。

(一)  右命令書記載の理由によると、原告が昭和三二年二月二八日に従業員松本静子に対してなした懲戒解雇をもつて同人の組合活動を理由とした不当労働行為であるとしているが、これは事実に反する。即ち、

(1)  原告は右松本に次の事実があつたので、原告会社の就業規則第九〇条第二号ないし第四号、第一〇号および第二六号に該当するものとして懲戒解雇をしたものであつて、同人の組合活動の如何を問うたものでない。そのことは原告が松本を解雇した後も被告に対し松本が命じた職場で就業するならば直ちに同人の復職を認めてもよい旨申出ていることからも明らかである。

(イ)  昭和三二年二月二七日原告会社取締役坂上安民は生産増強を目指す会社の方針として吹付作業員の増員の必要に迫られた結果、同日出勤した松本に対し今迄の第一工場吹付作業場から第二機械工場に配置転換するように伝えた。ところが同人は、右配置転換が同人の勤務条件に何等の低下も来さないものであるに拘らず、右坂上に対し「人を馬鹿にしている。」などと暴言を吐いて右命令を拒否し、ごう慢な態度で坂上取締役を侮辱した(上長の命令に反抗)。

(ロ)  松本は坂上取締役に配置転換を告げられた後無断で工場を退出した(職場放棄)。

(ハ)  同日午後松本は出社したが、命じられた職場で就労せず第一工場吹付作業場又は組立作業場で同僚従業員が作業中に拘らず腰を掛けて雑誌を読んだ(越権専断の行為をなし著しい職場秩序を乱す)。

(ニ)  右の如く松本は同日は職場を放棄し全然就労しなかつたにも拘らず、これを出勤とする意図によりタイム・カードに午後五時七分の定期退社の打刻をなしている(不当に賃金を得ようとした)。

(ホ)  翌二八日出勤するも松本はなおかつ第一工場吹付作業場において同僚従業員の作業中に種々嫌がらせの言辞を弄し全然命ぜられた第二工場で就業する意思がなかつた(職場放棄、業務妨害)。

(二)  本件命令はその手続において中央労働委員会規則第四二条第二項に違反している。

即ち同項によると、公益委員会は合議に先立つて審問に参与した使用者委員および労働者委員の出席を求めその意見を聞かなければならないところ、本件においては労働者側委員は本件命令までに行われた六回にわたる審問会にいづれも出席して意見を述べているにかかわらず、使用者側委員はただ一度一名が短時間出席したに止まり、本件の真相や状況を周知しえない状態にあつた。従つて本件命令は使用者委員の意見を聞いた上でなされたとはいえず、その手続において右規則に違反している。

(三)  本件命令は解雇撤回、原職復帰を命じている外、「原告は松本静子に対し昭和三二年二月二八日から同年五月六日までの賃金相当額を支払え。」とあるが、これは次の理由から違法である。

(1)  松本は右命令の期間橋本市東家島自動車部品店に雇用され賃金を受領していたのであるから、原告としては二重に賃金の支払をなすべき理由はない。

(2)  原告は当庁における仮処分審問又被告の和解勧告の際にも「松本静子が命ぜられた職場につきさえすれば歓迎し何時からでも働いてもらう。」と意思表示をして来たにも拘らず、同人はこれを拒否して就業しようとしなかつた。原告としては松本に対しかかる就労拒否期間中の賃金を支払う理由はない。

三、右のとおり本件命令は違法なものであるから、その取消を求めるため本訴に及んだ。」(証拠省略)

被告訴訟代理人は、主文同旨の判決を求め、答弁として請求原因第一項の事実は認めるが、第二項の本件命令についての違法理由はすべて争うと述べ、

「一、原告会社は昭和三一年九月一日設立されたものであるが、もと紀伊木工所と称して原告会社代表取締役硲藤治の個人経営にかかる木製の玩具、歩行器等の製造販売を業とするものであつたものを有限会社として従前の事業場および従業員をそのまま同会社に引継いだ。

二、松本静子は昭和二七年九月二六日右個人経営当時に工員として採用されて勤務していたところ、昭和三一年四月一日紀伊木工所労働組合が結成されて以来その執行委員に選ばれ、同月および同年九月の各労働争議において執行委員として組合活動をなし、更に同年一〇月組合書記長に選任されて組合のため原告会社に対して諸般の労働条件に関し要求をなしその他組合活動を熱心に遂行していた。

三、松本は昭和三〇年七月から引続き原告会社の第一工場吹付作業場にて就労していたところ、昭和三二年二月二五日、二六日の両日欠勤したが、その欠勤中たる同月二六日原告会社は正当と認むべき何らの理由もなく突然右松本の第二工場機械場へ職場転換を決定し、翌日出勤した松本に対しその旨通告したので右松本は右職場転換を不当としてこれに従わず、一方右組合も同日右職場転換の措置を不当としてその撤回を原告会社に要求して団体交渉中翌二八日原告会社は松本を解雇するに至つたものである。

四、原告会社のなした右職場転換並びに解雇は何ら正当な理由はなく、右解雇は松本が右のように平素熱心に組合活動をしており、かつ配置転換につき団体交渉をしている間になされたもので、かかる解雇は同人が組合活動をしたことを理由としたものというべく、労働組合法第七条第一号に該当するものである。」

と述べた。(証拠省略)

理由

一、被告が原告に対し、審査申立人有限会社紀伊木工所労働組合審査被申立人原告間の和労委昭和三二年不第三号不当労働行為救済申立事件について、昭和三二年一一月二一日付で本件命令をなしたことは当事者間に争いがない。そして原告会社は昭和三一年九月一日設立されたが、もと紀伊木工所と称し原告会社代表取締役硲藤治の個人経営にかかり、従業員男子十数名、女子約五十名をもつて木製の玩具、歩行器等の製造販売を業とするものであつたのを同日有限会社として従前の事業場および従業員をそのまま引継いだこと、訴外松本静子は昭和二七年九月二六日右個人経営当時に工員として採用され、同三〇年七月から引続き原告会社の第一工場吹付作業場にて就労していたところ、同三二年二月二五日、二六日の両日欠勤したが、その欠勤中たる同月二六日に原告会社は右松本の第二工場機械場への職場転換を決定し翌二七日出勤した松本に配置転換を命じ続いて同月二八日に同人がこれに従わないことなどを理由として懲戒解雇したことは原告において明らかに争わないからこれを自白したものとみなす。

二、そこで次に原告主張の本件命令の違法理由の有無について検討する。

(一)  松本に対する懲戒解雇の不当労働行為の成否

成立に争のない乙第七号証、第一二号証、第一六号証および証人篠田久市の証言によると次の事実を認めることができる。即ち、原告会社就業規則第九〇条は懲戒解雇の規定であつて、同条第二号ないし第四号、第一〇号、第二六号にはそれぞれ懲戒解雇をなしうる事由として、正当な理由なく業務命令に従わないとき(第二号)、濫りに職制又は上長に反抗したとき(第三号)、越権専断の行為をなし著しく職場の秩序を乱したとき(第四号)、虚偽の届出をなしその他不正な手段で不当に賃金の給付等をうけ又はうけようとしたとき(第一〇号)、その他前各号に準じて著しく会社の風紀、秩序を紊乱する行為又はそれに準ずる違法行為があつたとき(第二六号)を規定していること、昭和三二年二月二七日松本が原告会社坂上重役から職場転換を命ぜられたところ、松本は右坂上重役に対して「理由を納得させてくれたらどんな仕事にも従うが理由を聞くまではもとの職場で働く」といつて右命令を拒否し無断で会社を外出し、その日一日全然就労せず、翌日も命ぜられた職場で就労しようとしなかつたことが認められる。

そこで本件解雇が不当労働行為であるかどうかを判定するまえに、その原因となつた松本の配置転換の正当性の有無を考察する。

成立に争いのない乙第一二号証、第一四号証、第一六号証、証人篠田久市の証言によつて成立の真正を認めることができる乙第三号証の二および三、当裁判所が真正に成立したものと認める乙第六号証の二および三を綜合すると次の事実を認定できる。即ち、松本は昭和二七年入所以来二ケ月程第二機械工場にて就労したが、その後第一工場組立作業場に移り次いで吹付作業場にて就労し、右配置転換を命じられるまで引き続いて吹付作業場に従事し吹付技術としてはヴエテランの程度にあつたこと、松本は昭和三一年四月一日紀伊木工所労働組合結成後その執行委員となり、同年一〇月には書記長に選任され、又一方青年部指導者として常日頃活溌に組合活動をしていたが、昭和三二年二月に入つてからは地方労働評議会とも連絡を密にして退職金規定の設定、雇入解雇協議約款履行、時間外アルバイト禁止の撤回を求め原告会社と団体交渉を行つていたこと、原告会社代表取締役硲藤治は松本の右の如き組合活動を嫌悪し、常に同人をマークしていたこと、松本が転換を命じられた第二工場機械場の係長は伊井敏雄で、同人は日頃従業員に対し組合活動をするような者にはよい仕事を与えない旨公言していたこと、右第二工場機械場の従業員は組合意識が弱く、松本が解雇されて間もなく組合員十数名が組合より脱退したこと、原告会社において職場転換を命ずる場合は従来は一応本人の意向を聞いて行つていたこと(勿論本人が同意しなければこれを行わないといつたわけではない)、松本は第二工場機械場の仕事は不慣れで且つその人的関係の点からも同職場への配置換えを嫌い坂上重役に対し右配置換の理由を聞きただし、一方組合も会社に団体交渉を求めてその理由を追求したが会社側はこれに対し何等の理由も示さなかつたこと、原告会社には同年暮頃から第二組合が結成され第一組合員は次々と組合を脱退し、昭和三二年一月松本の退職(同人は当裁判所の発した仮処分命令により仮に復職していた)と同時に第一組合は消滅したこと、以上の各事実を認めることができ他に右認定を覆すに足る証拠はない。そして原告会社が松本に対し右配置換を命じた頃その主張の如き生産増強計画をたてていたことはこれを認めるに足る証拠はなく、他に松本の配置換を必要とする合理的理由の存在していたとの事実も認められない。

以上認定の事実によれば、本件配置転換は、予てから松本の活溌な組合活動を嫌悪していた原告会社が、たまたま同人の欠勤の機会を捉えて行つた同人に対する嫌がらせであり、これにより同人に精神的苦痛を与え間接に同人の組合活動の減殺を意図した不利益な取扱であることが認められる。

原告は、「本件配置転換は松本の賃金や労働条件に低下を来すものではないから労働組合法第七条にいう不利益な取扱ではない」と主張するが、同条の目的とするところが労働者の団結権、団体交渉権を保障することにあることを考えると、同条にいう不利益取扱とは単に労働者の賃金や労働条件そのものの低下に限る理由はなく広く職場の配置換等により労働者に精神的苦痛を与える場合も、それが使用者の経営上の必要性とも対比して労働者の勝手気侭な感情によるものではないと認められる場合には同条にいう不利益な取扱と解すべきである。そして前記認定の事実によれば松本が右配置換を苦痛と感じたことは客観的にも無理からぬものと思われるから、原告の右主張は容認し難い。

そうすると右配置転換は不当労働行為であるから、松本は右配置転換命令に従う義務はなく、したがつて松本が右命令を拒否したことを理由とする本件解雇もまた不当労働行為であるというべきである。

原告は本件解雇の理由として右松本の配置転換命令拒否の外にその際の松本の言動(原告主張のこれ等の言動は実質的には配置転換命令拒否の一態様であるともいえる)をも理由としているが仮に松本にかかる行過ぎた言動があつたにしても、本件解雇の決定的な理由は松本が配置転換の命令に従わなかつたことにあり、その他の理由は附随的なものであることは弁論の全趣旨からも明らかであるから、これにより本件解雇の不当労働行為の成否には影響がないものといわねばならない。

(二)  本件命令の手続の違法性の有無。

成立に争いのない乙第八号証および第一一号証によると被告のなした不当労働行為救済申立事件の審問は昭和三二年六月二〇日の第五回審問をもつて終結し、その後審査委員会は合議に先立ち参与委員の意見を求めたところ、出口竜一労働者委員の意見が表示されたが、使用者委員は出席しておらず従つてその意見の聴取のなかつたことを認めることができる。しかし中央労働委員会規則第四二条第二項但書によると、出席がないときには参与委員の意見を聞く必要はないとしており、特に委員会の方で使用者委員に出席の機会を与えなかつたなどという事情がない以上本件命令の手続に右規則の違反があるということはできないと解するところ本件証拠によるも右事情の存在を認めることができず、原告の主張は理由がない。

(三)  賃金支払命令の違法性の有無。

(1)  本件命令書主文には「原告は松本静子に対して昭和三二年二月二八日から同年五月六日までに右松本が受くべかりし賃金相当額を即時支払わなければならない。」と命じていることは当事者間に争いがないところ、当裁判所が真正に成立したものと認める甲第四号証および証人篠田久市の証言によると松本は原告会社より解雇された後の昭和三二年三月一五日より同年四月中頃まで一時的に橋本市東家の島自動車部品店に就労し、金四、〇〇〇円の賃金を受領した事実を認めることができ、右認定に反する証拠はない。

ところで、労働委員会の救済命令は不当労働行為によつて生じた労働者の不利益を原状に回復せしめることを目的とするものであるから、命令はそれに必要にして充分な限度を超えてはならないわけであり、従つて労働者が不当に解雇された結果他の職場にて就労し賃金を得た場合には、それが僅少であつたり或いは一時的なものと認められる等特別な事情のある場合を除き右賃金を控除して使用者に賃金の支払を命じなければならないと解すべきであるが、右に認定したとおり松本の右就労は継続していく意思はなく期間も僅か一ケ月の一時的なものであり、その金額も僅少であるから、被告が本件命令を発するにあたりこれを控除しなかつたことは前叙の救済命令の趣旨に反するものではない。

(2)  なお、原告が被告の和解勧告又は当庁における仮処分審問の際に「松本静子が命じられた職場につきさえすれば歓迎して何時からでも働いてもらう。」という意思表示をした事実は窺われるが原告のした松本の配置転換及び解雇がいづれも不当労働行為であることさきに認定した通りであるから、原告が松本のもとの職場での就労を拒否していること明らかである以上被告が原告に対し松本の就労しなかつた期間の賃金の支払を命じたことは当然であり、他にこれを違法とする理由は認められない。

三、以上のとおり被告の発した本件命令には何等の違法もないから原告の請求を棄却することとし、訴訟費用の負担については民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 谷野英俊 井上孝一 逢坂芳雄)

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